Camino de Santiago (2014年その3) [旅]
三日目です。Larrasoaña を5時過ぎに出発。周囲は真っ暗です。町を出るとしばらくは砂利を敷き詰めた道でした。ちょっとした下り坂で同行の一人が砂利に足を取られ滑って転んでしまいました。かなり足を痛めた感じ。なんとか歩けそうでしたので、しばらくゆっくり歩きましたが、10km程度歩いたところで痛みが増してきたようで、一休み。このまま歩き続けるのは難しそう、ということで、次の大きな町 Panplona まで行ったところでリタイアすることに。
ということもあり、周囲が暗かったこともあり、このあたりの写真はありません…。
実は、この方、帰国後に診察を受けたところ、「骨折」ということでしばらくボルトで留めることになったそうです。その状態で、よく歩けたものだと思います…。さて、そこから 5km 歩いたところ、Larrasoaña を出発してから 4 時間、15km歩いたところで Pamplona に到着です。
場所はこの辺り。
Pamplona は城壁に守られた町です。この城壁は16世紀から18世紀にかけて作られたそうで、それだけでも古さを感じますが、町の起源は紀元前75年から紀元前74年頃に共和制ローマの将軍ポンペイウスが作った駐屯地にまで遡るということで、想像を絶する長さの歴史がある町です。
町に入るところは門になっています。
町の中心には市役所があります。
市役所の前は広場になっていています。ここで、足を痛めたメンバーを駅まで連れて行くために、道になれたもう一人が付き添うことに。その間、私は一人で町の中を見物してあることにしました。待ち合わせはこの場所、11時半、ということに。
Pamplona にはいくつか大きな、そして歴史のありそうな教会がありました。
そして Plaza del Castillo (カスティーリャ広場)。
Castillo は「城」なので、城跡の広場ということですね。14世紀に作られた城があった場所だそうです。
そこから少し歩いたところに競技場のような建物がありました。
闘牛場です。Pamplona は闘牛で有名な町です。牛追い祭りが行われる町としても知られています。
町の外れまで歩くと、城壁がありました。
そのそばに大きな聖堂がありました。
Catedral de Santa María la Real です。中に入りたかったのですが、待ち合わせ時刻より早めに戻ろうと思い、断念。
急ぎ足ではありましたが、なんとか中心街を見て回ることができたので、待ち合わせの市庁前の広場に戻りました。11時10分ごろだったと思います。時間があったので、近くでジェラート (だったと思います) を買っていただきつつ待ちます。が、11時半を過ぎても現れません…。時間に遅れる方ではないので、なんとなく不安に…。携帯電話に電話したのですがでません。後で分かったのですが携帯電話は自宅に置いてきたそうです…。
そのまま1時間ほど待ちましたが現れません…。近くを歩いていたお巡りさんに英語で、「日本人が巻き込まれた事件のようなことはありませんでしたか?」と訊いてみたのですが、「英語はわかりません」という答え…。やはりスペイン語を勉強してくるべきでした…。
もう1時間近く待ったところで、もしかすると先に行ってしまったかも、と思い、とりあえず私も次の街に行ってみることに。そこで誰かが見かけているかもしれないと考えました。
一人で歩いていると、同じ道を同じように一人で歩いている女性と遭遇。同じように次の街まで歩くとのこと。しかも、同じように、友達とはぐれたとのこと。アメリカから来た方ですが、スペイン語も喋れるということで心強い仲間ができました。
1時間ほど歩いて、小さな街、Cizur Menor に到着。歩いた距離は22km。待ち時間を含めて10時間の旅でした。
下の写真はこの街にある教会です。
巡礼宿に行って寝床を確保。受付で日本人を見かけなかったか? と訊いたところ、日本から来た女性がいるとのこと。残念ながら、私の仲間ではありません。この女性 (二人組でした) には、夜、会いました。沖縄からきたということで、Santiago まで歩くのだそうです。
とりあえず夕ご飯を食べようということで、アメリカ人の女性と店を探すが、ほとんど選択肢はなく、バールのようなお店に入り、サンドイッチをいただきました。食べている間に、この女性が仲間とメッセージの交換に成功、次の街にいることがわかりました。しかも、その友達のいる街で日本人を探している日本人がいるとのこと。訊いてみるとどうやら私を探しているらしい!! ということで、連絡先の電話番号を教えてもらい電話をかけ、ようやく話ができました。奇跡です!!
そして、翌日、Estellaで待ち合わせるということに。ここからそこまで40km!! 早起きして頑張って歩くことに。できれば、アメリカ人の女性も仲間に追いつけるとよいかと。
食事のあと、巡礼宿に戻ると、中庭で何人かがテーブルを囲んで談笑。私も誘われて仲間に加わりました。そこにいたのはオーストラリアから来た家族、フィンランドから来た夫婦(?)。そこにアメリカ人の女性と日本人の私。国際色豊かです。面白いことに、私以外の全員が入れ墨をしていて、入れ墨自慢に。
話は盛り上がってきましたが、明日は早く起きなければならない、ということでその場を辞して、寝床に。目覚ましをかけなくても飽きられるだろうと思っていたのですが、それが失敗でした。
続きは次の記事にて…。
ということもあり、周囲が暗かったこともあり、このあたりの写真はありません…。
実は、この方、帰国後に診察を受けたところ、「骨折」ということでしばらくボルトで留めることになったそうです。その状態で、よく歩けたものだと思います…。さて、そこから 5km 歩いたところ、Larrasoaña を出発してから 4 時間、15km歩いたところで Pamplona に到着です。
場所はこの辺り。
Pamplona は城壁に守られた町です。この城壁は16世紀から18世紀にかけて作られたそうで、それだけでも古さを感じますが、町の起源は紀元前75年から紀元前74年頃に共和制ローマの将軍ポンペイウスが作った駐屯地にまで遡るということで、想像を絶する長さの歴史がある町です。
町に入るところは門になっています。
町の中心には市役所があります。
市役所の前は広場になっていています。ここで、足を痛めたメンバーを駅まで連れて行くために、道になれたもう一人が付き添うことに。その間、私は一人で町の中を見物してあることにしました。待ち合わせはこの場所、11時半、ということに。
Pamplona にはいくつか大きな、そして歴史のありそうな教会がありました。
そして Plaza del Castillo (カスティーリャ広場)。
Castillo は「城」なので、城跡の広場ということですね。14世紀に作られた城があった場所だそうです。
そこから少し歩いたところに競技場のような建物がありました。
闘牛場です。Pamplona は闘牛で有名な町です。牛追い祭りが行われる町としても知られています。
町の外れまで歩くと、城壁がありました。
そのそばに大きな聖堂がありました。
Catedral de Santa María la Real です。中に入りたかったのですが、待ち合わせ時刻より早めに戻ろうと思い、断念。
急ぎ足ではありましたが、なんとか中心街を見て回ることができたので、待ち合わせの市庁前の広場に戻りました。11時10分ごろだったと思います。時間があったので、近くでジェラート (だったと思います) を買っていただきつつ待ちます。が、11時半を過ぎても現れません…。時間に遅れる方ではないので、なんとなく不安に…。携帯電話に電話したのですがでません。後で分かったのですが携帯電話は自宅に置いてきたそうです…。
そのまま1時間ほど待ちましたが現れません…。近くを歩いていたお巡りさんに英語で、「日本人が巻き込まれた事件のようなことはありませんでしたか?」と訊いてみたのですが、「英語はわかりません」という答え…。やはりスペイン語を勉強してくるべきでした…。
もう1時間近く待ったところで、もしかすると先に行ってしまったかも、と思い、とりあえず私も次の街に行ってみることに。そこで誰かが見かけているかもしれないと考えました。
一人で歩いていると、同じ道を同じように一人で歩いている女性と遭遇。同じように次の街まで歩くとのこと。しかも、同じように、友達とはぐれたとのこと。アメリカから来た方ですが、スペイン語も喋れるということで心強い仲間ができました。
1時間ほど歩いて、小さな街、Cizur Menor に到着。歩いた距離は22km。待ち時間を含めて10時間の旅でした。
下の写真はこの街にある教会です。
巡礼宿に行って寝床を確保。受付で日本人を見かけなかったか? と訊いたところ、日本から来た女性がいるとのこと。残念ながら、私の仲間ではありません。この女性 (二人組でした) には、夜、会いました。沖縄からきたということで、Santiago まで歩くのだそうです。
とりあえず夕ご飯を食べようということで、アメリカ人の女性と店を探すが、ほとんど選択肢はなく、バールのようなお店に入り、サンドイッチをいただきました。食べている間に、この女性が仲間とメッセージの交換に成功、次の街にいることがわかりました。しかも、その友達のいる街で日本人を探している日本人がいるとのこと。訊いてみるとどうやら私を探しているらしい!! ということで、連絡先の電話番号を教えてもらい電話をかけ、ようやく話ができました。奇跡です!!
そして、翌日、Estellaで待ち合わせるということに。ここからそこまで40km!! 早起きして頑張って歩くことに。できれば、アメリカ人の女性も仲間に追いつけるとよいかと。
食事のあと、巡礼宿に戻ると、中庭で何人かがテーブルを囲んで談笑。私も誘われて仲間に加わりました。そこにいたのはオーストラリアから来た家族、フィンランドから来た夫婦(?)。そこにアメリカ人の女性と日本人の私。国際色豊かです。面白いことに、私以外の全員が入れ墨をしていて、入れ墨自慢に。
話は盛り上がってきましたが、明日は早く起きなければならない、ということでその場を辞して、寝床に。目覚ましをかけなくても飽きられるだろうと思っていたのですが、それが失敗でした。
続きは次の記事にて…。
ハラハラドキドキな展開ですね(>_<)
そんな中、同行の方と連絡を取り合えたことは、本当、奇跡でしたね!
骨折された方、大変でしたね…。
砂利道に足をとられて…とのことですが、
砂利もあなどれませんね。
闘牛場は、いかにもスペインらしいですし、
城門なども雰囲気ありますね~(^^)
by keroyon (2015-08-05 08:09)
keroyonさん、
コメントありがとうございます。本当に奇跡的でした。巡礼の道なので、神様が引き合わせてくれたのかもしれません。たくさんの人が、各々自分たちのペースで歩きながら、どこかでつながっているようでした。
by Yoshiki (2015-08-11 23:29)
歴史が感じられる街並み、いい旅ですね。
by asa (2015-08-23 16:08)
asaさん、コメントありがとうございます。
長い歴史の中で多くの人が色々な思いで作ってきた街で、色々と感じることができる旅でした。
by Yoshiki (2015-08-26 12:12)